The Invisible Black Hole

〜ブラックホールの兄弟:裸の時空特異点〜

 

Scientific American (February 2009)に興味深い記事があったので,補足説明を加えながら内容を紹介します♪もう知っている人も多いかもしれませんが…

 


莫大な質量を持つ恒星がその一生を超新星爆発[注1]によって終えると,星自身が自身の重力に耐え切れずに崩れてブラックホールになると考えられています。「なんでも吸い込んでしまい,光さえも脱出不可能な空間」として一般的に有名なブラックホールは,実は二つの部分から構成されています。中心の密度が無限大の時空特異点[注6]そのものと,それを囲む“なんでも吸い込んでしまう空間”:「事象の地平線(事象地平)」[注5]です。しかし質量が大きい恒星が超新星爆発をすると,必ずブラックホールになるのでしょうか?

Pankaj S. Joshiらは,事象地平を持たない「裸の特異点」にもなりうると主張します。

 


ブラックホールとは

テキスト ボックス: 図1:形が球対称でない例
  [a] 細長い恒星
 
[b] 長軸方向に崩壊し,より細長くなる。そのため,重力がいくら強くなっても事象地平を形成できるほど高密度状態になれない。
 [c] 最も高密度の両端で時空特異点ができるが,事象地平は形成されない。
莫大な質量を持つ恒星は超新星爆発[1]を起こした際に失った質量に応じて中性子星かブラックホールになります。恒星が超新星爆発であまり質量を失わなければ,その恒星の重力[2]がミクロな斥力[3]を上り,恒星が自身の重力に耐えきれずに崩れてブラックホールになるのです。[詳しくは:“The Big Bounce”. ノンピュイ223号.44-46]

ブラックホールの状態を相対性理論に基づいて理解するために,まずはニュートン力学の「第二宇宙速度」[4]について考えてみましょう。地球の第二宇宙速度は=11.2km/sですが,質量Mが十分大きく,半径Rが十分小さい天体では第二宇宙速度は光速を超えてしまいます(G:万有引力定数)。一方,アインシュタインの一般相対性理論によれば,任意の物理作用は光速より早く伝わることはできません。そのため,このような高密度の星の重力圏内に一度入ってしまった物体はその重力圏から脱出できなくなってしまいます。この脱出不可能な領域が「事象地平」[5]であり,このような高密度状態にある天体がブラックホールです!

 

宇宙検閲仮説

このように,「時空特異点の周りには必ず事象地平が存在するだろう」(「裸の時空特異点は存在し得ない」ということ)とするのがRoger Penroseが提唱した「宇宙検閲仮説(cosmic censorship)」です。

Karl Schwarzschildはアインシュタインの方程式を解くことで,密度が一様で完全に球対称な物体の事象地平の半径が r = 2MG/c²になることを計算しました。つまり,完全に球対称な恒星から生まれたブラックホールの中心にある時空特異点[6]から半径r = 2MG/c²以内の領域に一度入ってしまったすべてのものは脱出不可能です。

多くの物理学者は完全に球対称な形をした密度が一様な恒星のモデルにおいて,様々な条件下で宇宙検閲仮説を証明してきました。しかし,完全に球対称でないモデルや,密度が一様でないモデルを解析した結果,このようない星が崩壊して事象地平を持たない「裸な時空特異点」になりうることが証明されました。この結果は宇宙検閲仮説に矛盾します!

 

裸の時空特異点は存在しうる

アインシュタインによれば,重力は引力に加えて,物質の密度の異なる層を異なる方向にせん断する複雑な現象です。光さえも閉じ込めてしまうほど高密度状態にある崩壊中の星の密度が一様でなければ,例えばこの重力のせん断によって,物質や光が衝撃波(shock wave) によって放出される可能性があります。この物質や光の衝撃波は形成中の事象地平を崩壊してしまいます。

密度が一様でない例として,密度が中心からの距離に比例して減少する星を考えてみましょう。このような星はタマネギのような球殻構造を持つと考えられ,各殻に作用する重力はその殻より内側の物質の平均密度によります。そのため,より高密度の内殻は外殻より強い引力を受け,外殻より早く自身の重力に耐えきれずに崩れ始めます。内殻と外殻の崩れ始める時間差が十分大きければ,外殻は事象地平を形成をするだけの質量に達しえないまま内部が崩壊して裸の特異点が形成されます。

形が球対称でなくても裸の特異点が形成されることがあります。[図1]

 つまり,恒星の爆発前の密度が十分に一様でなかったり,形が球対称に十分近くなかったりした場合は,恒星の各層が崩れる始める時間差が生じてしまい,高密度の一部だけが崩れることにより裸の時空特異点が形成されることがあります。

 

量子重力理論の検証の場

現時点では,事象地平より外側にいる観測者は事象地平の内側にある時空特異点の状態を決して知ることが出来ません。ブラックホールや裸の時空特異点では一般相対性理論が破綻[7]してしまい,この状態を正確に記述できる理論はまだ完成しないからです。事象地平の内側および時空特異点で起こることは全く予測できないのです。そのため,「裸の時空特異点」を直感的に理解しにくいのが現状です。

 一般相対性理論が破綻してしまうような高密度状態を正確に記述しる理論としてさまざまな量子重力理論が検討されている中,裸の時空特異点が実在すれば,量子重力理論を検証する最適な場となるでしょう。

 

参考文献

[1]Pankaj, J. (2009) Naked Singularities. Scientific American, February: 36 - 43

[2]Penrose, R. (2004) The Road to Reality



[1] 超新星爆発:重い恒星がその一生を終える時に起こす大規模な爆発。数週間から数カ月の短い間にその物質多くのが衝撃波として放出されてしまう。

[2] 重力:すべての物質がその物質が持っている質量とエネルギーに応じて受ける引力。重力そのものは自然に存在する四つの力のうち最も弱いが,長距離に作用できるマクロな引力なためその力は莫大なものになりうる。

[3] ミクロな斥力:二つ以上のフェルミオンが同時に同じ量子状態になることはないとする「パウリの排他律」に基づく。近距離にある粒子間には強い斥力が働き,この斥力によって物質は互いに反発し合う。

[4]第二宇宙速度(escape velocity):石を鉛直上向きに投げ上げると,重力を受けて地上に落ちてくるが,その高さは投げ上げた速度(初期速度)による。第二宇宙速度以上の速度で物体を投げ上げると,その物体は地球が重力圏を脱出して無限遠に達する。

[5] 事象地平(event horizon):一般相対性理論で厳密には「情報の伝達が一方的な事象の地平面が存在し,漸近的に平坦でない方の時空の領域」と定義される。

[6] 時空特異点(singularity):高重力により密度が無限大の状態になっている領域のこと。

[7] 一般相対性理論の破たん:一般相対性理論に加えて量子効果を考慮すると,時空特異点に吸収された物質の質量と等価なエネルギーが放出される。物質が時空特異点に吸収されたことによる宇宙空間のエントロピーは減少を,エネルギーの散逸による宇宙空間のエントロピーの増加が上まるので全体として熱力学の第二法則は満たされる。そのため,ブラックホールのような高密度領域はエネルギーを放出するうちに質量が減少し,やがては消滅してしまう。これは,始めに時空特異点の存在が一般相対性理論によって導かれたことに矛盾するということ。